● 飲酒で産まれる怪物   (本人)Y・Oさん

 

 自ら酒を飲んだのは十五歳の頃。酒もタバコも一緒に覚えた。

酒は不味いし、ふわふわした気分になる酔い自体が堪らなく気持ち悪かった。

でも飲まないと皆に詰られるので嫌々飲んだ。

ある日、二日酔いを知った。

「二日酔いには迎え酒がいい」と、友達が言う。

言われるがまま迎え酒を飲み二日酔いを抑えた。

飲酒はもうこりごりだと思った。それからも何度も何度も。

 

 十八歳の頃から機会飲酒が増えた。時代はバブル景気の頃。

毎日ディスコに出かけて酒を飲み踊った。

踊った帰りにプールバーに行き、酒を飲みながら掛け撞球のカモを待つ。

勝ったあぶく銭でまた酒を飲む。ドンペリを二十本程飲んだ日もあった。

馬鹿だったなぁと今ではそう思うけれど、当時はそんな世界が堪らなく

楽しく思えた。

 

 社会人となり社交飲酒が増えた。

二十五歳の頃、目眩や冷や汗が深酒の翌日に起きた。

それを止める為に昔覚えた迎え酒をした。結構効いた。

それからは楽になりたい時は酒を飲んだ。

この頃から酒を美味いと思うようになった。

この後二十年、しんどい思いを何度しても、ほぼ毎日酒を飲んだ。

 

 三十歳を過ぎた頃に日本酒を覚え、外でしか飲まなかった酒を家でも飲む様に

なった。

以前よりも急激に酒量が増えた。

ブラックアウトも度々起こるようになり、身の周りには様々なトラブルが頻繁に

起こる様になった。

それでも自身が改心する程、暴言も暴力も女性も金銭もたいした問題にはならず、

熱りが冷めればまた以前と変らない生活に戻った。

『ようけ酒飲んどるけど、考えて飲みや』と周囲の人達から言われるようになった。最後には親しくしていた近所のアルコール依存症の画家にまで

言われた。

度々起こる女性問題では精神的に散々な目にあったが、

飲み過ぎても仕事には行き金銭的にも困らなかった。

健康診断を受けても身体的にどこも異常は無かった。

 

 そんな生活の中、一昨年の大晦日に傷害事件を起こし元旦に逮捕・拘留された。

今回の事件は今までと違った。

何かやったと云う事は直感的に分ったが、一部始終何から何まで記憶にない。

最後に憶えている所から六時間、街を歩き他人と普通に会話していたと言うけれど、まったく私の記憶に無い。

ましてや、事件の一部始終など微塵も記憶に無かった。

思い出せと云う刑事に「憶えて無い事思い出せるかい!」と私は反発したが、

「憶えて無いままで自覚もせず、反省も無いままにお前は責任がとれるか?

被害者に心から頭が下げられるのか?」と言われると、私は黙るしかなかった。

そんな埒のいかない取調べの末、私が見せられたのは、

私の犯行の一部始終が映った防犯ビデオ。そこには暴れる一人の狂人が居た。

私の知らない、見た事の無い自分自身だった。

私はアルコールと云う薬物で粗暴な怪物に成り果てていた。

それを見てやっと酒の怖さを知った。

酒を止めなければと心底思った。

 

 その後、幸運にも罪に問われる事無く釈放され娑婆に出た。

翌日、私が依存症だと確信した前述の画家に連れられて病院で診察を受け

昨年一月に入院し六月に退院、現在に至っている。

老いも若いも、酒豪でなくても、この病気になると云う事を病院の講座で知った。

何でだろう?止めようとしても、一杯だけと思っても止まらない酒。

一生飲まないと決めていても、飲んでしまう病気。

上手に酒を飲めない、飲まない事しか治療法がない病気。

だからこそ、日々この病気を学ぶことが大切なのだ。

学ぶことで自分は依存症なのだと否認せず自覚する事が出来た。

離脱も一般的には手の震えとかだけが知られているけれど、睡眠障害等色んな症状がある。

タバコの箱には癌や心筋梗塞等、喫煙の害を書いてあるが、

酒には『依存症になる可能性が…』とは書いてない。

アルコール依存症は、世間に正しく知られていない。

自身が、あるいは家族が依存症だと気付いていない人も大勢いる。

専門家にかからなければ回復の可能性はゼロ。

回復しても完治はない。

そんな事も今だから私にも解る。

一生涯の病気となると回復までは色々と厳しいと思うけれど、

酒を飲めば怪物となりうる私は『人間』であり続ける為に

断酒し続けなければならない。

酒害で苦しめた人達へのせめてもの償いの為にも。

回復したら、残りの人生少しはマシになるはず。

きっとそうだと心の奥底から信じてやまない。断酒上等!生涯無飲酒。

今日もまた何処かの断酒例会に足を向ける。

 

 

                                  

 

檻      koichi.wada
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