本来、飲酒してはならないような状況でも感じることがあるような強い飲酒欲求を「飲酒渇望」と呼びます(表1:ICD-10診断ガイドライン参照)。アルコール依存症の患者さんは、この強い渇望にさいなまれます。
飲酒行動は「コントロール障害」と表現されます。飲み始めの時のつもりより、時間的に長く飲んでしまう、量を多く飲んでしまう、などが頻繁に認められます。コントロール障害の典型は連続飲酒です。
コントロール障害の最も大切なポイントは、長期に断酒していても、再飲酒すればほどなくコントロールできなくなってしまうことです。これは再発準備性とも 呼ばれ、依存症の最も重要な特性のひとつです。アルコール依存症の患者さんが生涯断酒を続けなければならない最大の理由はこの点にありますが、その機序解 明は遅れています2)。
離脱症状は、古くは禁断症状と呼ばれ、中枢神経がアルコールに依存している証拠とされています。通常、血中アルコールの濃度がゼロになる前から症状 が現れます。 下記のように、軽~中等度の症状では自律神経症状や精神症状などがみられます。重症になると禁酒1日以内に離脱けいれん発作や、禁酒後2~3日以内に振戦 せん妄がみられることがあります。前者は入院患者さんの約10%に、後者は約30%に既往が認められます。
主な離脱症状
軽~中等症 | 自律神経症状 | 手のふるえ、発汗(とくに寝汗)、心悸亢進、高血圧、嘔気、嘔吐、下痢、体温上昇、さむけ |
---|---|---|
精神症状 | 睡眠障害(入眠障害、中途覚醒、悪夢)、不安感、うつ状態、イライラ感、落ち着かない | |
重症 | けいれん発作(強直間代発作)、一過性の幻聴、振戦せん妄(意識障害と幻覚) |
アルコール依存症の心理的特徴として挙げなければならないのは、否認と自己中心性(※2)です。アルコール依存症の治療は、本人がまず問題の存在を 認め、その問題を解決するためには、断酒を選択するしかないことを受け入れることから始まります。したがって、否認の適切な処理は、治療の成否を決める大 きな要因となります。
※2 否認と自己中心性
否認は、本人が問題をまったく認めないか、または過小評価する状況を指し、多くの患者さんがこの特徴を示します。具体的には、嘘をつく、他と比較して自分 の問題を小さくみせる、揚げ足をとる、ふてくされる、理屈をつける、などとして表現されます。 自己中心性とは、物事を自分に都合のよいように解釈し、ほかの人に配慮しないことです。これらの心理的特性は、飲酒を続けるために後からつくりあげられた
ものであることがほとんどです。
アルコール依存症の精神症状・行動異常
多くの家族は、本人の記憶など認知機能の障害よりは、精神状態や行動異常の問題をきっかけとして受診を決心されます。暴言・暴力、徘徊・行方不明、 妄想などが問題になりやすいものです。こうした問題は数カ月から数年にわたって持続し、在宅介護ができなくなる直接原因になりがちです。
既述の通り、アルコール依存症には、肝臓障害をはじめとする様々な身体障害や、うつ病や不眠症を代表とする精神障害が合併します。ここで重要なの は、多くのアルコール依存症患者が、上記の依存症状ではなく、こうした身体・精神疾患の合併症を主訴に一般の医療機関を訪れることです。しかし一般医療で は、これらの症状の治療だけになってしまいがちです。それは、再び飲める体にする、つまり患者さんの再飲酒の手伝いをすることになるため、後述のように専 門医療機関への紹介が強く望まれます。
アルコール依存症の患者さんは、多くの家族的・社会的問題を引き起こします。最近問題になっている常習飲酒運転者の多くは、多量飲酒者かアルコール 依存症の患者さんです。またアルコール依存症は、自殺、事故、家庭内暴力、虐待、家庭崩壊、職場における欠勤、失職、借金など多くの社会問題に関係してい ます。
アルコール依存症は、性・年齢により症状等に差が認められます。まず、一般に若年アルコール依存症では、精神医学的合併症の有病率が高く、アルコー ル依存症の早期発症の原因のひとつになっています。高齢者の場合には、肝障害、脳血管障害などの身体合併症や、認知症などを伴っていることが多くみられま す。 一方、アルコール依存症は男女でも差がみられます。体重あたり同量飲酒しても、女性の肝障害が重症化しやすいことはよく知られています。また後述するよう に、男性に比べて女性の方が短期間でアルコール依存症に発展する傾向があります。
【参考文献】
2) 樋口 進: アルコール依存: 生物学的背景. 松下正明, 加藤 敏, 神庭重信(編): 精神医学対話. 弘文堂, pp855-871, 2008.