NHKクローズアップ現代『アルコール依存症』

                                                                                                 2014年6月18日(水)放送

    テーマ あなたの飲酒 大丈夫?

「かんぱーい!」

ビールのおいしい季節。
でも、あなたの飲み方、大丈夫ですか?


断酒会 会長
「一滴をなめたらあかんのや、我々は酒を。
一滴が1升にも2升にもなってしまう。」

飲む量をコントロールできない病、アルコール依存症。
今日(18日)、その患者数が全国で推計109万人に上ることが明らかになりました。
依存症になりかねない危険な飲み方をしている人も含めると979万人に上ります。
自分は大丈夫と思っているうちに増え続ける酒の量。
そして気付いた時には…。


男性
「飲みたくて飲みたくて、仕方なくて。
知らないうちに(酒の)自販機の前に立って、お金を入れていた。」


最新の研究で、依存症は脳自体の変化によって引き起こされることが分かってきました。


精神科医
「誰でも依存症になり得る。
性格が弱いとか、そういうことでは全く違う。」


いつのまにか進行するアルコール依存。
あなたが、家族が深刻な事態に陥る前にどうしたらいいのか考えます。



気付いた時には… アルコール依存

毎週開かれているアルコール依存症の女性たちの会。
働き盛りの会社員や主婦などが体験を語り合います。
仕事や家事をきちんとこなそうとして酒の量が増えていったという人がほとんどです。


参加した女性
「お酒をガソリン代わりにして、自分を奮い立たせていた。
それが最後には体がボロボロになってしまった。」

参加した女性
「3人の子育てを1人で頑張るしかないみたいな。
風呂に入れて、宿題やらせて、寝かせてみたいなことが、お酒を飲みながらやると、ふっと楽になる。」


自分は大丈夫。
そう思っているうちにアルコール依存症に陥ってしまう人も少なくありません。

去年(2013年)、アルコール依存症と診断された37歳の女性です。
専門の病院に通い治療を続けています。
女性は看護師として、大学病院の救急外来で長く働いていました。
25歳のころ、夜勤の前に仮眠を取るためビールを飲むようになりました。
やがて責任ある立場に就くと、重症の患者と向き合うストレスから職場でも同僚に隠れてビールを飲むようになりました。



7歳の女性
「白衣に着替えた後にも、1本飲んで。
アルコール置いておかないと、自分がだんだん落ち着かなくなってきて。」

さらに子どもを産んでからは、仕事と家庭を両立させようと一層、気が抜けなくなりました。
1日に飲むビールは、1ダースを超えるようになりました。
異変に気付いた家族や職場の上司から病院に行くよう勧められましたが、女性は受け入れませんでした。


37歳の女性
「アルコール依存症と自分では認めたくなくて。
私、仕事しているし、お給料ももらえてないわけじゃないし、何なのって、家族にも反抗して。」

結局、女性が依存症と診断されたのは、家族や上司から指摘を受けた3年後のことでした。
酒を断つため入院治療が必要となり、仕事は辞めざるをえませんでした。


37歳の女性
「失ってしまった無駄な時間、無駄なお金、子どもがすごくかわいかった時期。
飲んで過ごしていたり、全部水の泡になってしまった。」


酒が原因で体を壊しても病院で依存症が見過ごされるケースも多くあります。
46歳のこの男性は、酒の飲み過ぎで胃や胆のうなどの病気を繰り返してきました。



「どういう診察券?」


46歳の男性
「これは今までアルコールで内臓やられたり、搬送みたいな形で行った所の診察券なんです。」


しかし、いずれの病院でもアルコール依存症を指摘されることはありませんでした。
男性は内臓疾患の治療を受けて酒を飲める体に戻ったらまた飲み、再び病気になるということを繰り返してきました。
3年前、急性すい炎になった時、初めて精神科での治療を勧められアルコール依存症と分かりました。
今は酒を飲むと極めて不快な気分になる抗酒剤を毎日飲みながら治療を続けています。



46歳の男性
「内科に行っていてもアルコール専門病院クリニックとか、そっちへ行きなさいと一回も言われたことがない。
どこぞの先生でもそういうふうに言ってくれていたら、ちょっとは行っていたかもしれないですね、アルコール専門病院に。」


なぜ多くの人が仕事を失い、健康を損なってまでも酒をやめることができなくなってしまうのか。



30年以上、アルコール依存症を研究してきた精神科医の樋口進さんです。
依存症の患者の脳には特有の変化が見られると言います。


国立病院機構 久里浜医療センター 樋口進院長
「よく見ると、こちらの方が前頭葉、前の方なんですね。
前頭葉の方に黒い隙間がありますよね。
脳が小さくなってしまったために、この隙間ができてしまった。」



左は50代の酒を飲まない人。
右は30代のアルコール依存症の人の脳です。
左の脳に比べ、右の脳は前頭葉が萎縮した分黒い隙間が見えています。
前頭葉は酒を飲みたいという欲求を抑制する機能があります。



しかし、アルコール依存症になると飲みたいという欲求が大きくなるにもかかわらず前頭葉の脳細胞の一部が破壊されて欲求を抑制できなくなるのです。


国立病院機構 久里浜医療センター 樋口進院長
「お酒をコントロールしようとしても、ほとんど無駄なんです。
どんな意志が強い人でも、どんな方でもそれはダメ、できないのです。
だからそこが病気だと我々言っているわけです。
依存症に一度なってしまった方々が努力してコントロールしながらやっていくのは、ほとんど不可能に近いと。」


あなたの飲酒 大丈夫?

ゲスト樋口進さん(国立病院機構久里浜医療センター院長)

●重症にならないと専門医を訪れない依存症の人が多い?



そうですね、わが国は飲め飲め社会ですよね、酒にすごく甘い。
そうすると、かなりひどくなるまで、社会が許容するんですね。
ですから、医療機関に来るときにはもうかなり重症になっているということがありますね。
(周りの人も勧めている?)
そうです、特に家族が大変で、家族は暴言とか、場合によっては暴力があったり、だけれども、本人を医療機関に連れていけないと、怖くて連れて行けないということがあって、そういうこと、家族にとってみれば、もし医療機関に本人が行けば、ずいぶん、助かるんだと思うんですね。


●アルコールが脳に与える影響は深刻だが?

そうですね。
お酒はほかの薬物と違ってたくさん飲まないと、酔えないんですね。
その結果ですね、脳の中のいろんな神経系に影響を与えると。
神経系の主に集まっているところというのは、脳の深い部分なんですけども、この部分に飲みたいとかっていう、そういうふうな欲求の中枢があるわけです。
一方ですね、脳の前のほう、こちらのほうは我々の行動を抑制して、我慢しなさいとか、そういう指令を出すところなんですが、これ、お互いに競争し合ってるんですけども、依存症のように、先ほど見たように、脳の神経細胞、前のほうがやられてますと、やっぱり飲みたいという気持ちに負けてしまうということなんでしょうね。


●依存症は治るのか?

もちろん治ります。
治療すれば、治るわけですが、基本的にはお酒をやめ続けるというのが、治療の目標ですね。


●アルコール依存症の診断基準 目安になる症状は?


これ、WHOの診断ガイドラインなんですが、全部で6項目あります。
まず第1ですね、ここ。
どんな状況においても、飲みたいという気持ちが出てくるような、強い欲求ですね。
それから2番目は、お酒のコントロールがうまくできない。
典型的にはアルコール依存症の人の場合には、例えば2、3合の日本酒を、数時間置きにずっと飲み続けて、体がいつも、アルコールが体にあるような状況なわけですね。
これを連続飲酒と言いますが、典型的な飲み方です。
(ちびちびずっと飲んでいる?)
そうです。
それからあと、この離脱症状ですね。
お酒は我々の脳を抑制しますので、その抑制状態からお酒がとれて、脳が興奮すると、自律神経が活発になって、手が震えるとか、汗が出るとか、心臓がバクバクするとか、場合によっては眠れないとか、そんな症状が出てきます。
それから、耐性が上昇というのは、お酒に強くなる、たくさん飲まないと酔えないということですね。
それから飲酒中心の生活っていうのは、生活の中にアルコールがいっぱい入ってきてしまっていて、時間だいぶ使うと。
最後はこれはもう、本当に分かっているけれども、やめられないという、そういう状況だと思うんですね。


●アルコール依存症の診断基準は?

6項目のうち3項目が、過去1年の間に同時に起きたとか、あるいは繰り返し起きてきた場合に、依存症というふうに診断します。
この中で特に大事なのは、この2番と3番でして、飲酒のコントロールがうまくできない。
それは強い欲求があるからなんですが、それとあと離脱症状。
離脱症状というのは、脳の神経細胞がアルコールに依存しているという兆候だといわれています。


アルコール依存 早期発見への模索

先進的なアルコール依存症対策に乗り出している三重県四日市市です。
中心となってきた精神科医の猪野亜朗さん。
40年以上、アルコール依存症の治療に携わってきました。



精神科医 猪野亜朗さん
「お酒の方は?」

患者
「お酒は飲まないでビールを飲んだ。」

精神科医 猪野亜朗さん
「同じや。
ビールもアルコール入ってるやろ。」

患者
「多少はね。」

精神科医 猪野亜朗さん
「多少って。」


患者が精神科にやって来る時には、すでに重度の依存症になっていることが、ほとんどです。
そうなる前に発見し適切なアドバイスを与えることができないか、猪野さんは模索しています。



精神科医 猪野亜朗さん
「早く発見してそれを解決するのに、専門治療機関とか、社会のいろいろなシステムの中で一緒に解決できるようになれば、私は不適切な飲酒によって起こっている問題は早く解決して、小さいうちに解決することによって、お酒がもたらすいろいろな不幸というのは減っていくのではないか。」



猪野さんが目指している早期発見の仕組みです。
さまざまな機関でアルコールへの依存度が高い人を見つけたら、精神科医のもとで診察を受けるよう促してもらおうというのです。
この取り組みは三重モデルと呼ばれています。
例えば、その1つが内科医です。



内科医
「調子はどうです?」

患者
「体調のほうはいいです。」

内科医には飲み過ぎで肝臓などを患った人が多く訪れます。
この内科医は、これまで20人以上の患者を精神科医に紹介してきました。
この患者は酒をやめて治療に専念した結果、肝臓の機能は回復してきました。
しかし、アルコールを強く求める心の状態はなかなか改善されませんでした。

患者
「体調が良くなってくると、たぶんまた飲むのじゃないかと。」

内科医は、この患者は依存度が高いと判断し、精神科医の猪野さんの診察を受けるよう勧めました。
それから1年余り。
心と体の両面で治療を続けてきました。

内科医
「猪野先生からね、この間の状況を手紙頂きましてね。」



この日、猪野さんから届いた報告書には、男性が子どもの結婚式でも酒を飲まなかったことが記されていました。
男性は猪野さんのカウンセリングを受けた結果、酒で家族に迷惑をかけることはできないと強く決意したのです。


内科医
「まず内科で治療して、そして命をまず守るような努力をしておいて、ある程度元気になられたら、今度は精神科医に心のケアをしていただく。
精神科の専門の先生とタッグマッチというか、タッグを組めば非常に良くなる。」


三重では警察や県との連携も今年(2014年)から強化しました。
警察が行う飲酒運転の検問です。



警察
「四日市南警察です。
飲酒検問やっているのですが。
お酒飲んで運転…。」

運転手
「飲んでません。」


警察が取り締まっている飲酒運転の違反者。
その中にはアルコールへの依存度が高い人が含まれていると見られます。
違反者の情報は個人情報ですが、県は条例を作り、警察から提供してもらうことを可能にしました。
その情報をもとに県は違反者に通知書を発行。
アルコール依存症かどうか精神科医の診察を受けるよう求めています。



三重県 交通安全・消費生活課 黒宮勇一郎課長
「アルコール依存症に対する受診を自分からしていただいて、自分が依存症ではないかということを学んで、自分で(飲酒を)やめていただくのも大事ではないか。」

さまざまな機関が協力し、アルコール依存度の高い人を発見しようという三重モデル。
しかし、こうした連携を確実に広げていくうえでの課題も見えてきました。



総合病院 ソーシャルワーカー
「一般病院の中にこそ、たくさんアルコールの問題を抱えている方がいると。
臓器の障害だけではなくて、ケガして何度もこられるとか。
そういうことが潜んでいるのですが、なかなかそういう目で見れていない部分がたくさんあると。」


内科医
「この仕事はデューティ(義務)ではないものですから、みんなの献身的な意欲で維持しているわけですから。」


猪野さんは今後は、それぞれの機関が正式な業務として依存症対策に取り組める制度が必要だと考えています。


精神科医 猪野亜朗さん
「これまではボランティアですよね。
医療行為だったらちゃんと対価が出るとか。
企業だったら、企業が連携したときにそれにも対価が支払われるとか。
いろんな工夫をしていけば、効果的な対策が組めるようになる。」



アルコール依存 早期発見のカギは

●依存症や多量飲酒の人を早く見つけるカギは連携?



まずは、多量飲酒の方々に対しては、簡単なカウンセリングで飲酒量を減らすことができますので、そちらをまずやっていただくというのは、とても大事だと思いますね。
依存症の場合は、その内科とか、それから救急とか、そういうところから依存症の方を見つけたら、専門医のほうに連携を持って紹介するということが大事だと思いますね。


●医療機関どうしの連携 具体的には?

これは一番言われてるのは、例えば依存の関係の学会と、それから例えばアルコールによる肝臓障害とか、すい臓障害とか、そういうような学会との間で連携を取りながら、この連携のパイプを太くしていくという、そういうようなことですね。
それにはどうしてもやっぱりインセンティブが必要ですから、例えば紹介したときには加算がついて、診療報酬に跳ね返ると、そういうようなシステムが中に入ってくると、大きく進むんではないかと思われます。


●アルコール業界の真剣さ どう感じているか?

まず、法律の中に事業者の責務として、努力義務がしっかりうたわれているというのは、とても大事なことだと思うんですね。
わが国の場合は各大きな企業にアルコール関係の、CSRという、そういうふうな部門があって。
(企業の社会的責任?)
そうなんですね、そこでずいぶんいろんな活動をしてきているという、そういう実績があるんだけれども、そうはいっても宣伝なんかを見ると、例えば電車の中に入ると、あちこちにアルコールの宣伝があるし、それからあとテレビ見ると、飲んでるところがいっぱい出てくる。
依存症の患者さん、これ、とっても嫌うんですね。
こういうふうなものに対して、やっぱりもう少し考えていただきたいというようなことと、それからあと廉売、安く売り過ぎるということですね。
安く売れば、その分だけ消費量増えますので、こういうふうなことには、ぜひ取り組んでいただきたいなと思います。


●海外のCM “勇気”や“自信”など表現の規制とは?


お酒を飲むことが、勇気とか自信とか、タフネスとか、そういうふうなイメージにつながっていくようなことはやっぱり避けましょうと、そういうことですね。

●社会はどう取り組んでいくべきか?

まずは予防が大事だと思います。
先ほど申したような多量飲酒の人たちに対する介入ですね。
これを広範にしていくことがとても大事だと思いますね。
それから2番目に、やっぱり治療の、我々の治療の質の向上、治療をよくしていくと。
それから、さらに治療すれば治ると、病気であると、そういうふうなことを皆さんが知っていただいて、医療機関に早く患者さんを紹介していただきたいと思いますね。


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